図面って、どない描くねん!

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本のタイトルです。

一年ちょっと前、機械分野の翻訳をやろうかな、と思っていたときに購入した本なんですが、先日ぱらぱらとみていたら、投影法のところに

  • 第三角法 日本、アメリカ、カナダ、韓国など
  • 第一角法 ドイツ、イギリス、フランス、中国など

と書いてありました。使う投影法が国によって違うなんて、考えたこともなかった。

学生の頃、教授にある実験装置の図面を作るようにいわれ、とりあえず実物を計測しながら描いてみたら(もちろん、何十年前の話なんで手描きです)けちょんけちょんにけなされ、「図面はね、第三角法で描くんだよ」と言われて製図の本を渡され、また必死で描いて工場に持って行って物を作ってもらった、という過去があるので、「第三角法」の言葉だけは頭に染みついていたのですが。

では第二角法は?他は?と思ったら、第一角法から第四角法まであるんですね。

ただ、第二角法と第四角法は、投影して面を回転させると図が重なってしまうことから、実用的ではないと。

そうだったんですね〜。こういうのが「図学」なのか。

ISO規格からJIS規格を作るとか(JIS規格にはよく「これはISO●■▲を翻訳し…」って書いてありますよね)そういうときは、図面もJIS用の第三角法に直さないといけない場合があるってことですね。そして文章も図面と矛盾のないように、方向に気をつけないとならないわけですね。なるほど。

感覚

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現在、産業翻訳の和訳の仕事を細々としているわけですが、分野は多岐にわたります。さすがに金融とか国際関係はないですが、理科とか工業とか実験っぽいもの、という感じでしょうか。論文とか専門的な文書も時々やってきます。

以前、特許翻訳者の方と話す機会があったんですが、その方に

「特許は丁寧に説明が書いてあるけど、論文なんかだとそういうのは分かっている前提で細かい話に入るから、大変じゃないですか?」

と言われました。そうかあ、この大変さを言語化すると、そうなるんですね。

確かに、専門家でない私が字面を追って一通り訳した段階では、ちゃんと論理が掴めてないこともあります。

でも、調べ物をして、再度向き合ってみると、構造がすっと見えてくる。なんだろう、この感覚。

先日納品した仕事でもこの感覚があり、それが今までよりも強く感じられたんですよね。ある程度、量をこなした、ということなのかな。

仕事をするにあたっては、「分かる、できる」ということより「分からない、できない」ことがある前提で、いかにそこに立ち向かうか、ということが大事なんじゃないかと思う今日この頃。

全くお初の分野の場合、

「私は何が分かってないのかな?」

ということにしっかり向き合い、用語をじっくりたどっていくと、ちゃんと筋が見えてくるんですね。

あと、分かったと思っても、それを言葉で表現する部分でまた壁があるわけですが、これについてはその場でどうなるもんでもなく、常日頃の積み重ねだよなあと思います。

 

用語にも新旧が

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調べ物をしていたら、用語にバリエーションがあったのですが、ちょうど専門家に会う機会がありお伺いしてみたところ、30年前と今とでは翻訳の際にあてる用語が変わってきているそうです(分野は心理学)。

調べ物には、なるべく新しい文献を当たる方がいいでしょう、とのこと。

そりゃそうですね。気をつけよう。

仕事=勉強

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新たな勉強が必要な分野の仕事は大変ですが、

「へ〜!」「ほ〜!」「なるほど〜!」

となってきた時がたまらないですね。

 

ただいまの案件は(あいかわらずの産業翻訳)これまで手がけたことがない分野ではありますが、あっちこっちからキーワードを発掘し、本をかき集め、ノートを作って取り組んでおります。

 

 

 

あとは時間との勝負だ、頑張ります〜。

仕事

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翻訳の「仕事」をしてるとき。

 

翻訳会社のコーディネーター

そのむこうの翻訳の発注者

そのむこうの海外の会社

そのモノを必要としている人

などなど、いろいろな人がいることが脳裏を駆けめぐって

 

私の担当する翻訳なんて、

ほんとにその末端のちょっとだけの関わりだけど

 

頑張ろうっという気持ちがわいてくるんですよね。

 

AIも凄いのかもしれませんが、

やっぱり「人」の力って不思議ですごい。