もやもや

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どうにも気力がでてこないので、もやもやを少しはき出しておきます。

 

以前、特許翻訳者募集の説明会のようなものに参加した際、「一年かそこらでなれるとは思わないように」と言われました。

当時、講座の受講を開始したばかりで、特許明細書を読むのに難儀していたので、やっぱり大変なんだな、と思いました。

 

で、特許翻訳の本やサイトを読んだり、講座を進めたり、明細書を読んだりしてきたわけですが、

「特許翻訳の特殊性はどこにあるんだろう??」

というのが、いまひとつ分かっていない自分がいます。

 

そりゃ、色々と知識が必要なのはわかりますし、法律文書だから気を遣うということもわかります。

でも、なんか、「ちゃんと技術を理解しないと」「法律の知識も必要」とか言う割に、本を読むと、実際の翻訳の部分で、文法をちゃんと勉強したり、普通に英文をある程度読んだりしてたら身につくはずのことが強調されていたりして、あれ??と肩すかしにあったような気分になることがあるのです。

 

また、もう一点。

何年も前にWeblio辞書を使ったときには、特許庁データベースは参照されていませんでした。

あるときから、例文に特許庁データベースからの文章が加わるようになりました。

でも、正直、なんじゃこりゃ?という例文がたくさんあって驚きました。

講座を始めて分かったことなのですが、特許翻訳は分量が多く、捌くのが大変なのですね。その量の多さと用語の特殊性を理由に、できるはずなのに参入しない人が多かったのかな。

この業界に関わる人は玉石混合だったってことなんでしょうか。

 

私は法律はあまり興味がなく、特殊な言葉遣いにおののいていたので、別に特許翻訳に参入する必要はないわ〜なんて思ってました。

じゃあ、なんで特許翻訳をやろう、と思ったのか。

 

 

 

「数稽古をするため」というのが、本当の理由です。

 

 

 

ええ、勿論、お金も稼ぎたいですが、本当は「数稽古をするため」。

 

じゃあなんで数稽古が必要なの?

 

説得力を増すためです。

 

 

日本の技術者の英語レベルに、ちょっとやばいんじゃない?と思うことがあって。

 

いろんな国で高いレベルのものづくりができるようになっている今日、言葉が通じやすい国にビジネスがもっていかれる気がして。

なんか、私でもできることないかな、と思って。

 

ただ、数稽古なら自分一人でこつこつやればいいじゃないか、と思われるでしょうが、そこは聖人君子でなく、小人俗人の私。仕事の場合と勉強の場合ではかけるエネルギー量がグググっと違ってくるのですよ。

産業翻訳の仕事も、仕事として受けるから膨大な量のサイトをみたり本を読んだりといった調査ができるわけで。

だから、どうしても「仕事」としてやりたい。

 

なんだか、まだまだ妄想レベルで恥ずかしい限りですが、そんな自分もさらけ出しておきます、はい。

コンフォートゾーン

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どうしてもコンフォートゾーンにとどまりたくなる。

でも、それでは成長は望めない。

コンフォートゾーンから出るにはどうしたらいい?

目標を確認する。達成したらどうなるかを想像する。

そのために、常に目につくところに書きなさい、と言われてるんですよね。

 

思い込みの力って結構大きいですね。

最近、子供の通学の都合で早起きせざるを得ない状況になったので、これまでの自分の思い込みだった

「私は朝が苦手」

を脳内で書き換えて、

「私は5時起きが標準」

にしました。

そしたら、その時間に普通に起きられるようになったのですよ。

こんな簡単なことだったんだなあ。

 

昼間に眠くなったら?それは立ち作業、あるいは無理せず昼寝でクリアしております。在宅だからこそなせるワザです。オホホ。

好きのレベル

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テレビの話ですみません。

先日、ブラタモリで箱根が取り上げられていたのですが、会話の中で、

「ああ、山体崩壊ですか」

「せきとめ湖ですね」

等と、専門用語がすらすらと出てきていました。

また、ゴルフの話題になった時には、以前はまっていて、しょっちゅう言っていたけど、忙しかったから週にコースに3回しか行けなかった、というようなことももおっしゃっていました。

週に3回って十分多いと思うのですが、練習はもっとしていらしたようなので、こんな発言になったのですね。すごい、すごいなあ。

「好き」っていうのは、そのくらいのことが難なく出来てしまうレベルってことですね。日常のレベルがどれだけかっていうのが、こういう会話からでも分かりますね。

書き言葉

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先日、東南アジアの国の学生を初めてホームステイで短期間受け入れました。

日本について英語で説明がどれだけできるかな、と心配でしたが、それはうちに来るまでに色々な体験プログラムである程度理解済みで、あまりその必要はありませんでした。どちらかというと、私たちが彼らの国のことをいろいろと学んだ感じ。優秀な学生たちで自国のことを良く理解しており、教育システム、住居、食など、いろいろな違いを知ることができて、本当にいい体験でした。

二人の学生を受け容れたのですが、一人は雄弁、一人は寡黙。雄弁な学生は本当に好奇心が旺盛で、いろいろと質問をしてきました。一方、寡黙な学生は緊張が強かったのか、あまり心を開いてもらえなかった印象で、ちょっと我が身の至らなさを感じました。

でも、寡黙な彼が母国に戻り、我が家に送ってくれたメールでは、心のこもった丁寧な言葉で、私たち家族への感謝の気持ちが綴られていました。

その場では話せなかっただけで、気持ちは伝わっていたのだなあ、としみじみ感じました。

と同時に、書き言葉の重みというか、力というか、そういうものも感じました。

翻訳は書くのが仕事。気負ってすることではないかもしれませんが、書き言葉の重みはちょっと意識したいな、と思います。

百聞は一見にしかず

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一歩踏み出してみないと見えないこと、ありますね。

関わってみないと、相手の求めていることは分からないものですね。とにかく関わってみないと、遠回りしてしまいますね。

先日チェッカーに応募した会社は面接と試験ありとのことだったので、ドキドキの会社訪問をして参りました。住所表記からすると、こじんまりとした感じ。

昔、小さな会社で働いていたことがありましたが、トップと一般社員とで全くビジョンが共有されておらず、あまり良い雰囲気ではありませんでした。そんな記憶から、少し不安がよぎりました。

でも実際に行ってみたら、生き生きとした会社の雰囲気が感じられ、安心しました。皆さん忙しそうでしたけどね。

さて試験の方ですが、非常に短時間で和訳とチェックをするものでした。その後、面接となりましたが、ちゃんと想定問答を作っておくべきでした。相手の時間をいただく以上、社会人としては当然すべきことだったなと。自分を売り込む、つまり営業に行くようなものですものね。なかなかイケイケになれないな、自分。

でも、ある程度人生経験を積んでる(=「おばちゃん根性」がある)ので、ちょっとひと工夫はいたしましたよ。ふふふ。

久々に社会との関わりを増やそうとすると、これまでの自分を変えなければならない部分が出てきますが、その変化に馴染むには、少し時間がかかりそう。無理しても続かないのは分かってるので、無理しないでできることを、諦めずやっていきます。