本が増殖…

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やはり、本は増えてしまうものですね。

買わずになんとかなるかな?と思っても、ネットでは断片的にしか入ってこない。

で、Amazonでちゃちゃっと選んでポチッと。

産業翻訳の仕事では、受ける分量が少ないせいもあって、本を買って赤字になってしまったこともございます。

こんなことでは、ビジネス的には、全く成り立ちませんな。分量のある仕事もちゃんとゲットしなくちゃ。

ただ、赤字をだしても、本やら何やらで「調べるのが好き」な自分もいるんですよね。

 

今は誰もがネット検索で調べることが可能な時代。

じゃあ、私の「調べる」の特徴はなにか?というと、深掘り、かな。

あと、頭の隅っこに置いて、ずーっと、折に触れ、反芻するように考え続けるってのも、常日頃やってしまう。

なんか、こういうのって、研究っぽい??

 

子供の頃には周りの人に「研究者がむいてる」と言われ、長じてからはそれは「個性が強く変人だった」(勿論、研究者が全てこんなヒトだというわけじゃありませんよ、あくまでも私の場合は、ということで)ってことだと解釈していましたが、この「考え続けてしまう」ということが「研究」に向いてる、と言われる理由だったのかも。

でも、独りよがりになってるだけかもしれない。

もっと、客観的に見つめられるようにしたい。

そのためには、何が必要なんだろう??

 

という思いがわいておりますが、今はまだ特許翻訳の仕事をゲットするのが先なので、もうちょっと寝かせておきたいと思います。さー頑張ろう。

気づき

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たまにいく手芸教室。

講師をしているのは友人。

 

私は子供の頃から手芸は好きだったので、本を読んだら大体の物はざっくり形にできます。

 

でも、なんでわざわざ、手芸教室に行くのか。

 

彼女のところに行くと、ちゃんと「地直し」からできるから。

 

これ、地味な工程です。型紙をおく前に、まず布地を水に通して乾かし、アイロンをかけ、布端の糸を引っ張って、きちんと縦横を整えることです。

 

この工程をちゃんとやると、仕上がりがきれいです。洗濯したとき、縫い目が斜めになってしまうようなことがありません。

 

自分一人で作るときには、なかなかここまでのことができません。

 

プロのワザって、凄いことっていうより、一見面倒なことがきちんと出来ていることなんだな、と、この友人を見ていると思うのです。

その先が問題

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一生懸命やったらできる、では足りない。

 

世の中、出来てる人はいっぱいいるんだから、自分もそのone of themになればいいんですよね。

そのためには、同じような行動をしていけばいい。

それだけのこと。

なのに、それだけのことが、こんなにも自分には困難だ、ということ。

そこが目標達成という点においては、弱さ、甘さ、になってしまう。

 

 

 

 

 

 

もうね、すごくぐだぐだなんですよね、今。特許翻訳って、出来る人も参入しようとする人も結構いるじゃないですか。講座の受講生の皆さんはきちんと勉強を積み重ねていらっしゃるし、結果も出していらっしゃるし。だったら、別に私がやることもないかな、なんて思ったりね。

でも、そこでふと気がついた。

これって、コンサル、コーチング、カウンセリング等などの分野で起業を考える人が陥るのと同じ思考だって。そういった人たちも、同じようなことをしてる人はいっぱいいるから、そこに参入する必要なんてないんじゃないかって思ったりするって。

じゃあ起業した人はどうやって乗り越えてるか。それは「参入する人が沢山いるっていうのは、裏を返せば需要があるってこと」だから、「やはり自分がサービスを提供する意味はある」と考え直すのだと。そして、こつこつ行動するのだと。

特許翻訳はまっとうな翻訳文を揃える必要があるでしょうから、まだしばらくは需要がある、と思います。

とはいえ、特許以外の技術翻訳にも(単価はさておき)興味はあるので(って実際も仕事してるし)、そちらも切り捨てずにトライしていこうと思います。

別に拘る必要もないじゃん、私。肩の力を抜いていこうっと。どのみち、出来ることしか出来ないんだから。

わからない理由

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しつこく「イシューからはじめよ」。

何で分からないか?

それは「イシュー」という言葉がよく分かっていないから。

 

もちろん、本の中ではちゃんと説明されています。いろいろな人の書評やブログでも書かれています。

 

でも、ぴんとこないんですよ。しかも、私の脳内ではまず、このカタカナのイシューというのが

「シチュー」

みたいにみえてしまう。

そして、あの暖かみのある白色不透明の粘性の高い液体と、その中に散見されるオレンジ色や、肉色、やや黄色がかった白色、緑色などの固形物、塩気とほんのりとしたくすぐったさを感じさせる香り、ふんわり立ち上る湯気、等などが次々に浮かんできてしまう。

シチューは大好きだけど、今回みたいな場合は、めっちゃ邪魔ですわ。

まずそういう「思い込み」みたいな部分が排除できないとなあ。

イシューはシチューじゃなくてissueだぞ、自分。

因みに、イシュードリブンは「イシュード」リブンみたいに切れて見えてしまう。いやいや、issue drivenですわな。

まあ、こういうのはすぐ分かると思わないことですね。深く理解するには時間がかかることもいっぱいあるから、諦めないでいきます。

イシューからは難しい

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「イシューからはじめよ」は、残念ながら私には難しすぎたようです。

そもそも、自分の仕事や生活において、イシューから考えるべきことがあるとは認識できてない、ということですね。

何年かたって読み返したらピンとくるかな。