気づき

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たまにいく手芸教室。

講師をしているのは友人。

 

私は子供の頃から手芸は好きだったので、本を読んだら大体の物はざっくり形にできます。

 

でも、なんでわざわざ、手芸教室に行くのか。

 

彼女のところに行くと、ちゃんと「地直し」からできるから。

 

これ、地味な工程です。型紙をおく前に、まず布地を水に通して乾かし、アイロンをかけ、布端の糸を引っ張って、きちんと縦横を整えることです。

 

この工程をちゃんとやると、仕上がりがきれいです。洗濯したとき、縫い目が斜めになってしまうようなことがありません。

 

自分一人で作るときには、なかなかここまでのことができません。

 

プロのワザって、凄いことっていうより、一見面倒なことがきちんと出来ていることなんだな、と、この友人を見ていると思うのです。

走ることを語るときに私の語ること

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本のタイトルみたいですが、そういうわけではなくて、「走ることについて」です。

ここ3週間ほど、15分ほどのジョギングを毎日続けております。常に何かに挑戦しよう、という、マイクロチャレンジの一つ。

走っているのは短い時間ですが、普段はヒールストライクのところ、たまにフォアフットにしてみたり、体幹を使って、お腹から下を脚と感じ、太ももへの負担を減らしたりと、色々工夫しております。

おっと、ちょっと言葉の説明をしておきますね。

ヒールストライクとは、後ろから空中を移動してきた足の踵で着地する走り方です。普通に走るとこうなると思います。

一方、フォアフットとは、足裏の中でも前半分で着地する走り方です。細かく言うと、後ろから空中を移動して前に来た足が着地する際、足の親指の付け根よりやや踵よりの部分(社交ダンスではボールと言われる、足裏の部分)で着地し、そのまま体重がかかって足首のバネが縮むことを使って同じ足の踵を柔らかく瞬時に着地し、その後、体重が前に移動するのに合わせてまたボールに重心を瞬時に移動し、そこから足指を使って足を後ろに蹴り上げる走り方です。

このフォアフット、イメージすると「きつそう!」なんですが、実際にやってみると、着地がとても柔らかく、膝や腰には負担が掛かりにくい走り方だと思います。

何より、こうやって足首のバネを使ってると、動物としての人間の体の機能をフルに使っている感じがして、なんとも気持ちがいいんです。関節ってうまく出来てるよな〜って思うんですよね。

ただフォアフットの場合、ふくらはぎがかなり疲れます。なので私にとっては「筋肉痛は覚悟」しなければならない走り方。まあ、ヒールストライクとフォアフットを交互にしたりしますけどね。

ヒールストライクとフォアフットを交互にやると、体の重心が、フォアでは上、ヒールでは下になるのも感じられます。どちらがいいのかはわかりませんが、そういう違いを感じて走ることにより、走ることがただ「しんどい」ことじゃなくて、「楽しみ」にもなるんだな、と思うこの頃です。

図面って、どない描くねん!

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本のタイトルです。

一年ちょっと前、機械分野の翻訳をやろうかな、と思っていたときに購入した本なんですが、先日ぱらぱらとみていたら、投影法のところに

  • 第三角法 日本、アメリカ、カナダ、韓国など
  • 第一角法 ドイツ、イギリス、フランス、中国など

と書いてありました。使う投影法が国によって違うなんて、考えたこともなかった。

学生の頃、教授にある実験装置の図面を作るようにいわれ、とりあえず実物を計測しながら描いてみたら(もちろん、何十年前の話なんで手描きです)けちょんけちょんにけなされ、「図面はね、第三角法で描くんだよ」と言われて製図の本を渡され、また必死で描いて工場に持って行って物を作ってもらった、という過去があるので、「第三角法」の言葉だけは頭に染みついていたのですが。

では第二角法は?他は?と思ったら、第一角法から第四角法まであるんですね。

ただ、第二角法と第四角法は、投影して面を回転させると図が重なってしまうことから、実用的ではないと。

そうだったんですね〜。こういうのが「図学」なのか。

ISO規格からJIS規格を作るとか(JIS規格にはよく「これはISO●■▲を翻訳し…」って書いてありますよね)そういうときは、図面もJIS用の第三角法に直さないといけない場合があるってことですね。そして文章も図面と矛盾のないように、方向に気をつけないとならないわけですね。なるほど。

感覚

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特技、っていうと変かもしれませんが、

「一瞬で頭の先から指の先、足の先まで意識を巡らす」

のが得意です。

でもって、自分の首、肩、腰にどんな力が掛かってるかをモニターするのも得意です。

 

ただ、ふと思ったんですが、この体が感じる重力とか力ってのは、どこが感じてるんでしょうね?皮膚に張り巡らされている触覚の神経系かな?

と思って検索してみたら、理研に皮膚感覚の研究をしている方がいらっしゃるようですね。

 

皮膚感覚って、他の知覚(視覚、聴覚、嗅覚、味覚)とは違って、相互作用を及ぼす感覚なのが面白いそうです。確かに、自分が粘土を手でぐっと押したとき、自分の手には粘土の冷たい感覚と押したときの圧力を感じている一方、粘土はぐにゅっとへこみますね。

 

そうかあ、この「感覚」というのは、研究対象になるもんなんですね。そこを操作するとものすごくリアルなARとかVRなんかが実現できそう。

その先が問題

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一生懸命やったらできる、では足りない。

 

世の中、出来てる人はいっぱいいるんだから、自分もそのone of themになればいいんですよね。

そのためには、同じような行動をしていけばいい。

それだけのこと。

なのに、それだけのことが、こんなにも自分には困難だ、ということ。

そこが目標達成という点においては、弱さ、甘さ、になってしまう。

 

 

 

 

 

 

もうね、すごくぐだぐだなんですよね、今。特許翻訳って、出来る人も参入しようとする人も結構いるじゃないですか。講座の受講生の皆さんはきちんと勉強を積み重ねていらっしゃるし、結果も出していらっしゃるし。だったら、別に私がやることもないかな、なんて思ったりね。

でも、そこでふと気がついた。

これって、コンサル、コーチング、カウンセリング等などの分野で起業を考える人が陥るのと同じ思考だって。そういった人たちも、同じようなことをしてる人はいっぱいいるから、そこに参入する必要なんてないんじゃないかって思ったりするって。

じゃあ起業した人はどうやって乗り越えてるか。それは「参入する人が沢山いるっていうのは、裏を返せば需要があるってこと」だから、「やはり自分がサービスを提供する意味はある」と考え直すのだと。そして、こつこつ行動するのだと。

特許翻訳はまっとうな翻訳文を揃える必要があるでしょうから、まだしばらくは需要がある、と思います。

とはいえ、特許以外の技術翻訳にも(単価はさておき)興味はあるので(って実際も仕事してるし)、そちらも切り捨てずにトライしていこうと思います。

別に拘る必要もないじゃん、私。肩の力を抜いていこうっと。どのみち、出来ることしか出来ないんだから。